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大阪地方裁判所 昭和31年(行)54号 判決 1958年7月11日

原告 熊田春一

被告 大阪府知事 外一名

主文

原告の被告大阪府知事に対する、別紙物件表記載の土地の買収処分及び売渡処分が不存在であることの確認を求める訴及び予備的に右土地の売渡処分が無効であることの確認を求める訴を却下する。

原告と被告大阪府知事との間で、前項の土地に対する昭和二七年三月三一日を買収の時期とする買収処分が無効であることを確認する。

被告久保正雄は原告に対し、第一項の土地につき大阪法務局枚方出張所昭和二七年七月一四日受付第二三五四号をもつてなされた同年三月三一日自作農創設特別措置法第一六条の規定による売渡を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続をし、かつ右土地を明け渡せ。

訴訟費用は全部被告等の負担とする。

事実

原告は、被告大阪府知事に対し、第一次的に「別紙物件表記載の土地について自作農創設特別措置法による買収処分及び売渡処分が不存在であることを確認する。」予備的に「別紙物件表記載の土地について被告大阪府知事のした昭和二七年三月三一日を買収及び売渡の時期とする買収処分及び売渡処分がいずれも無効であることを確認する。」被告久保正雄に対し、主文第三項同旨、被告両名に対し、主文第四項同旨の各判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、被告大阪府知事(被告知事)に対する第一次請求の原因として、

「別紙物件表記載の土地(本件土地)は原告の所有であるところ、右土地について、大阪法務局枚方出張所昭和二七年七月一四日受付第二、三五四号をもつて、同年三月三一日自作農創設特別措置法(自創法)第一六条の規定により被告久保に売り渡したとして、同人のために所有権取得登記がなされている。しかしながら右売渡処分及びその前提となるべき本件土地に対する自創法による買収処分は存在しない。すなわち、(1)原告は買収令書の交付を受けておらずまた買収対価も受領していない。(2)右の登記は、被告久保が、本件土地の買収及び売渡の事務を取り扱うべき大阪府北河内郡交野町磐船地区農業委員会(地区委員会)の会長に対し、本件土地を、原告が被告久保に譲渡したことはないのにかかわらず、原告から譲り受けて所有者となつたとうそを云つて、その所有権移転手続を自創法の買収売渡による所有権移転手続に便乗させてやつてもらいたい旨申し述べ、同会長が被告久保の本件土地を原告から譲り受けたとの言を信じて、同被告のための所有権移転登記だけを自創法に便乗させて完了したものであつて、買収及び売渡の手続は行われていない。以上のとおり本件土地に対する買収及び売渡の処分が存在しないのにかかわらず、右のような登記がなされているから、被告知事に対し第一次請求の趣旨のとおりの判決を求める。」

二、被告知事に対する予備的請求の原因として、

「仮に本件土地について被告知事のした昭和二七年三月三一日を買収及び売渡の時期とする買収処分及び売渡処分が存在するとしても、右処分はいずれも無効である。すなわち、前記のごとく(1)原告は買収令書の交付を受けておらず、また買収対価も受領していない。(2)地区委員会長が被告久保の一方的な嘘言を信じたことにより、同被告の要求に応じて形式上自創法による買収及び売渡の手続が進められたにすぎないもので、このようなものは行政処分としての効力を有しない。したがつて、被告知事に対し右買収処分及び売渡処分の各無効確認を求める。」

三、被告久保に対する請求の原因として、

「以上のとおり、本件土地に対する自創法による買収処分及び売渡処分は存在せず、また仮に存在するとしても無効であるから、本件土地は原告の所有であつて、被告久保は本件土地につきなんらの権利も有しない。

しかるに同被告は本件土地を占有しており、かつ前記の所有権取得登記がなされているから、同被告に対し請求の趣旨のとおりの判決を求める。」

また被告知事の主張に対し、

「原告が被告久保から金一〇、〇〇〇円を借りて本件土地に質権を設定したこと及び被告久保が昭和二四年一〇月から本件土地を耕作していることはいずれも否認する。」

と述べた。

被告両名は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、被告両名は

「本件土地について被告久保のために原告主張のような登記がなされていることは認めるが、本件土地に対する買収処分及び売渡処分が存在しないことまたは存在するとしても無効であることは否認する。すなわち、地区委員会は本件土地について昭和二七年三月三一日を買収の時期とする買収計画を立て、同月二五日開催の第一一回大阪府農業委員会で承認して、被告知事が買収令書を発行したもので、買収令書は当時原告の住所が不明であつたので地区委員会で調査中のところ、たまたま同年七月頃原告が同委員会へ買収に対する異議を申し立てるため出頭したので、同委員会書記訴外金沢誠三が原告に本件買収令書を手交し、原告はこれを受領した。したがつて本件買収処分は形式的にも実質的にも有効に存在するものである。右のとおり買収処分が有効に行われ、これに基いて本件土地を当時の耕作者であつた被告久保に適法に売り渡したのであつて、本件売渡処分もまた有効に存在する。」

被告知事は、

「被告久保は本件土地を昭和二四年一〇月以降耕作している。すなわち、原告は同年九月及び一〇月の二回にわたつて被告久保から金一〇、〇〇〇円を借り受け、その担保として本件土地に質権を設定し、原告及び当時の耕作者訴外東栄太郎の了解のもとに被告久保が耕作を開始したものである。そうして昭和二七年に原告が大阪市へ転出して不在地主となつたので、自創法によつて本件土地を買収し、耕作者である被告久保に売り渡したものである。その売渡通知書は同年四月上旬に被告知事から地区委員会に送付し、売渡代金は同年八月八日国庫に納入した。」

被告久保は、

「本件土地を被告久保が占有していることは認める。被告久保は本件土地につき耕作者として買受の申込をして売渡処分を受けたもので、その代金は昭和二七年三月上旬地区委員会へ現金を持参して納入した。

なお本件土地については、被告久保の父が原告の父に対して有した貸金債権のために代物弁済の予約がなされていたので、被告久保が相続後原告に対し本件土地を自創法の手続をかりて被告久保に譲渡するよう交渉したが、原告がこれに応じなかつたものである。しかし、被告久保は地区委員会に対し本件土地が開放されうるものかどうかを尋ねたことはあるが、代物弁済として本件土地を取得するものであると云つたことはない。」とそれぞれ述べた。

(立証省略)

理由

一、本訴のうち、被告知事に対する第一次の請求は不適法である。

一般に行政処分不存在確認という訴訟類型を認めることができるかどうかは、行政処分無効確認訴訟を認める理論的根拠及びその性質との対比において考察しなければならない。不存在確認といい、無効確認といつても、ひつきよう事実の存否の確認を求めるものであつて、確認訴訟の原則からいえば本来認められないものであるからである。

にもかかわらず特に行政処分無効確認訴訟を認めるのは、次の理由による。第一に、行政処分が無効であるかあるいは取り消し得るにとどまるかは、その行政処分の有する瑕疵が重大かつ明白であるかどうかという瑕疵の程度の差のみによつてきまるもので、行政処分無効確認訴訟といつても、形式上存在する行政処分の効力を争うという点では取消訴訟(いわゆる抗告訴訟)と同じである。ただ両者を区別する実益は単に無効確認訴訟の場合に訴願前置、出訴期間等の制限をはずすことにあつて、したがつて行政処分無効確認訴訟は抗告訴訟の変形であり、抗告訴訟と本質を同じくするものといえる。

第二に、私人に対して優越的地位を有する行政庁のなした処分がその効力を有しないことを司法審査によつて宣言し、形式上存在する行政処分を排除する点で、単に行政処分の無効を理由に現在の権利または法律関係の存否の確認を求める場合以上に積極的意義を認めることができる。これを行政処分不存在確認訴訟の場合と対比してみると、そもそも行政処分が存在しない場合には、処分の効力の有無を判断する対象が存しないことに帰し、いわば効力以前の問題であるから不存在確認訴訟を抗告訴訟と同一類型に置くことはできないし、またそれ自体では、行政処分の存否は単なる事実にすぎないから、公法上の権利関係に関する訴訟ということもできない。したがつてこのよう形の訴訟を行政訴訟として認める余地がない。またさきに無効確認訴訟を認める第二の理由として述べたような積極的意義を認めることもできないから、結局、行政処分が存在しないにかかわらず有効に存在しているのと同じ結果が生じているからその事実を排除するというだけの意味しかなく、それならばむしろ端的にたとえば所有権確認とか租税債務不存在確認とかの本来の民事訴訟上の確認訴訟または公法上の権利関係の存否確認訴訟によるべきであつて、一般に行政処分不存在確認という訴訟類型を特に認める根拠と実益はないものといわなければならない。

二  そこで次に、原告の被告知事に対する予備的請求について判断する。

被告知事に対する予備的請求のうち、本件土地の売渡処分の無効確認を求める部分については原告は当事者たる適格を有しない。

買収処分が無効であれば国は当該土地の所有権を取得しないからその土地の売渡処分は当然無効となり、買収処分無効確認の判決があれば行政庁は売渡処分も無効として扱わなければならない。また買収処分が有効であれば国が当該土地の所有権を取得したことになるから、その後の売渡処分の有効無効は被買収者である原告の権利または法律上の地位になんらの関係を有しない。このことから考えて、自創法に基く売渡処分の無効確認を求める原告たる者は、同法に定める買受の資格を有し、その売渡を受けるべき地位にあるものでなければならないと解するのが相当であり、右資格と地位を有しない被買収者である原告は当事者たる適格を有しないものといわなければならない。

三、次に本件土地に対する買収処分の存否について考える。

行政処分は表示行為によつて成立するものであるから、行政機関の内部的意思決定があつただけではまだ行政処分として成立したものとはいえないが、その意思が外部に表示された場合にはその時にその行政処分は成立したものと解すべきであつて、相手方に告知とか書面の交付とかを要する行政処分でもその告知とか交付は成立の要件ではないと解するのが相当である。

成立に争いのない甲第四号証及び証人中奥正文、同川村茂子、同金沢誠三の各証言によれば、本件土地について昭和二七年三月三一日を買収の時期とする買収計画が立てられ、その買収令書が昭和二七年三月二六日付で発行され、その頃地区委員会へ送付されたことが認められる。したがつて本件土地に対する買収処分はすでに処分行政庁である被告知事の手を離れて外部にその意思が表示されたというべきであるから、すでに成立し存在しているといわなければならない。

四、本件買収処分の効力について。

証人中奥正文、同川村茂子、同金沢誠三の各証言を綜合すれば、本件買収令書は、地区委員会に送付されたが、同委員会において原告の住所を知ることができなかつたので、そのまま同委員会で保管していたこと、同年七月頃たまたま原告が同委員会に出頭したときにも買収令書は原告に渡されておらず、その後も同委員会に存在すること、したがつて本件買収令書は原告に交付されていないことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はなく、かつ、令書の交付に代る公告のあつたことについての主張立証はない。買収令書の交付もしくは公告がないときは当該農地の所有権移転の効果を生じないことは自創法第一二条の明定するところであるから、この瑕疵は重大かつ明白である。よつてその余の点につき判断するまでもなく、本件買収処分は無効である。

五、被告久保に対する請求について。

被告久保が本件土地を占有していること、本件土地について原告主張のような登記が存することはいずれも原告と被告久保の間で争いがない。そうして、さきに述べたように本件土地に対する買収処分は無効であるから、その被告久保への売渡処分も無効であり、右買収処分当時本件土地が原告の所有であつたことは被告久保の争わないところであるから、本件土地は現在(口頭弁論終結時)も原告の所有である。したがつて、被告久保は、原告主張の登記の抹消登記手続をする義務及び本件土地を所有者である原告に明け渡す義務があるといわなければならない。

六、よつて、本訴のうち、被告知事に対し、第一次的に本件土地に対する買収処分及び売渡処分が不存在であることの確認を求める部分及び予備的に右土地に対する売渡処分が無効であることの確認を求める部分は、いずれも不適法であるから却下し、被告知事に対し予備的に本件土地に対する買収処分が無効であることの確認を求める部分及び被告久保に対し原告主張の登記の抹消登記手続並びに本件土地の明渡を求める部分は正当であるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 松田延雄 高橋欣一)

(別紙省略)

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